ふと、コーヒーや紅茶に入れる一杯の砂糖。
その白い結晶が、かつて大陸間の戦争を引き起こし、帝国の運命を左右し、数千万人の人生を奈落の底に突き落としたとしたら…。信じられるだろうか?
「そんな大げさな」と思うかもしれない。だが、もしあなたが世界の歴史のダイナミズムや、物事の裏側にある「なぜ?」を知ることに少しでも知的な興奮を覚えるなら、この一冊は、あなたの世界観を根底から揺さぶる体験になることを約束する。
今回紹介するのは、河北稔氏による名著『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)だ。 「ジュニア新書」と侮ってはいけない。その内容は、大人の知的好奇心を強烈に刺激する、深く、そして時に残酷なまでにリアルな歴史の物語である。
目次
甘味料にあらず。それは「世界を動かす商品」だった
本書の冒頭、著者はこんな問いを投げかける。
「サトウキビをしがんだことがありますか?」
関西育ちの著者にとっては当たり前の「しがむ」という行為。しかし、他の地域の人にとっては「噛む」や「吸う」であり、そもそもサトウキビ自体を知らない学生も多いというエピソードから、この壮大な物語は幕を開ける。
我々現代人にとって、砂糖はありふれた存在だ。むしろ、健康や美容の敵として、少しばかり警戒されている存在かもしれない。しかし、ほんの数十年前まで、砂糖の消費量はその国の豊かさを示すバロメーターだったのだ。飢えに苦しむ人々にとって、甘いものは生きる希望そのもの。
そして、この砂糖が持つ「誰からも好かれる」という普遍的な魅力こそが、歴史を動かす巨大なエンジンとなった。本書は、砂糖を単なる甘味料としてではなく、「世界商品」というキーワードで捉え直す。
世界商品とは何か。 例えば、ヨーロッパの毛織物は、暑いアジアやアフリカでは見向きもされなかった。しかし、インドの綿織物は、その薄さ、扱いやすさから世界中で愛された。これもまた世界商品だ。石油や自動車も然り。特定の地域だけでなく、世界中で価値を持ち、人々の欲望の対象となるもの。それを手にした国が、巨万の富と覇権を握る。
16世紀以降の世界史は、まさにこの世界商品を巡る熾烈な奪い合いの歴史だった。そして、その最も初期にして最も重要なプレーヤーが、何を隠そう「砂糖」だったのである。
「砂糖のあるところに奴隷あり」- カリブ海を覆った白い金と黒い涙
本書を読み進めていくと、甘い砂糖のイメージは無残にも打ち砕かれる。その歴史は、血と涙の匂いに満ちているからだ。
もともとインドなどが原産とされるサトウキビは、イスラム世界を経てヨーロッパに伝わった。当初は十字軍が持ち帰った貴重な「薬」であり、その純白の色と希少性から、王侯貴族の権威を示すデコレーションとしても使われた。
しかし、大航海時代が始まると、その運命は一変する。 ポルトガルやスペインは、大西洋の島々や新大陸で、サトウキビのプランテーション(大農園)経営に乗り出す。なぜか。砂糖が莫大な利益を生む「金のなる木」だと気づいたからだ。
特に、世界の砂糖生産の中心地となったカリブ海の島々の変貌ぶりは凄まじい。 かつては海賊たちが跋扈する無法地帯だった島々が、「砂糖革命」によって一面のサトウキビ畑へと姿を変える。そこは、ただひたすらに砂糖だけを作り、ヨーロッパに輸出するためだけのモノカルチャー社会。食料さえも輸入に頼り、サトウキビ生産に全てを捧げる異様な空間だ。
だが、その過酷な労働を誰が担うのか。 そこで登場するのが、アフリカから強制的に連れてこられた奴隷たちだった。
「砂糖のあるところに奴隷あり」
トリニダード・トバゴの初代首相であり、歴史家でもあったエリック・ウィリアムズのこの言葉は、本書の核心を突き刺す。
故郷を追われ、家族と引き裂かれ、「中間航路」と呼ばれる地獄の船旅で多くが命を落とし、カリブ海にたどり着いた人々。彼らは人間としてではなく、単なる労働力としてプランテーションに投入された。数千万人とも言われる人々が、ヨーロッパ人のティーカップを満たす砂糖のために、その尊厳も未来も奪われたのだ。
この「三角貿易」の構造は衝撃的だ。 ヨーロッパは、武器や雑貨をアフリカに運び、奴隷と交換する。 奴隷をカリブ海やアメリカ大陸に運び、砂糖や綿花と交換する。 そして、砂糖を本国に持ち帰り、莫大な利益を得る。
この富が、リバプールやナントといった港町を潤し、やがてイギリス産業革命の土台の一つとなっていく。我々が歴史の教科書で学ぶ輝かしい「近代化」の裏側で、どれほどの非道が行われていたのか。本書は、その繋がりを冷徹なまでに描き出していく。
なぜイギリス人は紅茶に砂糖を入れるのか? – コーヒーハウスが生んだ近代文化
さて、これほどまでの犠牲を払って生産された砂糖は、ヨーロッパでどのように消費されたのか。ここでまた、歴史の面白い転換点が訪れる。
17世紀のイギリス。当初は薬だった砂糖は、同じくアジアからやってきたエキゾチックな飲み物、「茶」と運命的な出会いを果たす。
地球の東の端で生まれた「茶」と、西の端で生まれた「砂糖」。この二つがイギリスで出会ったことが、世界の歴史をさらに大きく動かすことになるのだ。
なぜ、彼らは紅茶に砂糖を入れるというとんでもないことを思いついたのか。 答えは「ステータス」である。
当時、茶も砂糖も超高級品。それを同時に摂取することは、王侯貴族や成り上がりの商人たちにとって、自らの富と権威をこれ以上なく見せつける行為だった。まさに、ステータスシンボルにステータスシンボルを重ねる、究極の見栄の張り方だったのである。
そして、この砂糖入り紅茶が普及していく舞台となったのが、17世紀後半からロンドンで大流行した「コーヒーハウス」だ。
コーヒーハウスは、単なる喫茶店ではない。 身分を超えて人々が集い、情報を交換し、議論を戦わせる、近代文化の孵卵器(インキュベーター)だった。
- 科学革命: ニュートンらが集った王立協会は、コーヒーハウスでの集会から生まれた。
- 金融・保険: 世界最大の保険組合ロイズは、元をたどれば一軒のコーヒーハウスだ。株取引の情報が飛び交い、南海泡沫事件(バブル経済の語源)の舞台ともなった。
- メディア: 新聞や雑誌は、コーヒーハウスでネタを拾い、そこで読み上げられた。
- 文学: 『ロビンソン・クルーソー』のデフォーや『ガリバー旅行記』のスイフトといった文豪たちが集い、小説という新しいジャンルが産声をあげた。
- 政治: イギリスの二大政党(トーリーとホイッグ)も、それぞれの支持者が集まるコーヒーハウスから形成されていった。
近代を形作ったほとんどのものが、砂糖入りのエキゾチックな飲み物がもたらす興奮と喧騒の中から生まれていたのだ。この事実は、驚き以外の何物でもない。
労働者を動かした一杯の紅茶 – 産業革命のエネルギー源
上流階級のステータスシンボルとして始まった砂糖入り紅茶は、やがて全く新しい役割を担うことになる。産業革命によって生まれた、都市労働者たちの「生活必需品」としての役割だ。
工場制度が普及すると、労働者には時間を厳格に守ることが求められた。「セント・マンデー(二日酔いの月曜日)」のような職人のルーズさは許されない。狭くて不衛生な家、調理する時間もない。そんな彼らにとって、安価なパンと、お湯を沸かせばすぐに作れる砂糖入り紅茶は、まさに完璧な朝食だった。
カフェインと糖分は、疲れた体に即効性のエネルギーを注入し、労働者を工場の機械へと向かわせる。かつて貴婦人のサロンを彩った一杯が、今やマンチェスターの労働者の活力源となったのだ。
本書は、この「ジェントルマンのシンボル」と「労働者の生活必需品」という、砂糖入り紅茶が持つ二重の意味を見事に解き明かす。そして、安価な労働力と安価な食料を求める資本の論理が、いかにして自由貿易を推し進め、奴隷制度の廃止へと繋がっていったのか。その皮肉な政治の力学には、思わず唸ってしまうだろう。
この本を読んだ後、世界は違って見える
『砂糖の世界史』は、単に砂糖の歴史を語る本ではない。 一つの「モノ」を切り口に、大航海時代から植民地主義、奴隷貿易、産業革命、そして現代の南北問題まで、世界史の大きな流れをダイナミックに結びつけて見せてくれる、極上の知のエンターテインメントだ。
歴史の教科書では断片的にしか語られない出来事が、なぜ、どのように繋がっているのか。その因果関係が鮮やかに見えてくる瞬間は、まさに快感である。
もちろん、専門的な歴史書であるため、人名や地名、年代が次々と出てきて、少し集中力が必要な部分もあるかもしれない。経済史や社会史に興味がなければ、少し退屈に感じる章もあるだろう。
しかし、それを乗り越えた先に待っているのは、世界を見る解像度が格段に上がるという、かけがえのない体験だ。この本を読んだ後では、スーパーで砂糖の袋を手にするたびに、あるいは喫茶店で紅茶を頼むたびに、その背景にある壮大な、そして時として残酷な人間のドラマに思いを馳せずにはいられなくなる。
- 世界史の大きな流れを、新しい視点で理解したい人。
- コーヒーや紅茶、チョコレートが好きな人。
- グローバルな社会問題の歴史的背景に関心がある人。
- 知的な興奮と冒険を求める、すべての人。
そんなあなたにこそ、この一冊を強く推薦したい。 甘いだけではない、砂糖が描き出す世界の真実。この知的でスリリングな冒険に、ぜひ足を踏み入れてみてほしい。あなたの日常が、そして世界の見え方が、きっと変わるはずだ。
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