「世界で最も魅力的な国、第1位」。
アメリカやイギリスの権威ある旅行雑誌で、日本がそんな輝かしい評価を受けた。記録的な円安も追い風となり、街には海外からの旅行者が溢れ、その消費額は過去最高を記録。東京や大阪だけでなく、日本の地方にも熱い視線が注がれている。
雄大な自然、奥深い文化、安くて美味しい食事。私たち日本人が思う以上に、この国は「神秘の島国」として世界中の人々を魅了しているのだ。
しかし、この熱狂の裏側で、静かに進行する危機がある。
「果たして、我が国の観光業界はきちんと稼げているのでしょうか。残念ながら、その答えは否です」
そう断言するのは、観光庁や数々の自治体でアドバイザーを務め、日本の観光の現場を誰よりも見てきた永谷亜矢子氏の著書『観光”未”立国~ニッポンの現状~』は、この国の観光が抱える「不都合な真実」を、これでもかと突きつけてくる一冊である。
空前の日本ブーム。しかし、その恩恵は一部の地域に集中し、多くの地方はポテンシャルを活かせないまま、疲弊している。オーバーツーリズムに苦しむ一方で、収益化できずに価値ある観光資源が失われていく。このままでは、地方は壊れてしまうのではないか――。
本書は、そんな強烈な危機感から生まれた、日本の観光業に対する魂の処方箋だ。単なる問題提起ではない。リクルート、東京ガールズコレクション(TGC)のチーフプロデューサーなどを経て、叩き上げのマーケティング思考を武器に全国を飛び回ってきた著者だからこそ書ける、具体的で、即効性があり、そして何より「机上で終わらない」解決策がここにある。
あなたの地元は大丈夫?観光立国が抱える「3つの病」
本書を読み進めていくと、日本の観光業界が抱える問題が、根深く、そして構造的なものであることに気づかされる。それは、まるで慢性的な病のように、この国の隅々まで蝕んでいる。
病巣①:届けたい人に届いていない「情報発信」の麻痺
最初の問題は、あまりにもお粗末な「情報発信」の実態だ。
「地方って販促ツールがパンフレットしかないの?」
著者が愕然としたというこの言葉に、すべてが集約されている。現代の旅行者、特に個人旅行(FIT)が8割以上を占めるインバウンド客は、旅のプランを立てる際、スマホで徹底的に情報収集を行う。SNS、個人のブログ、口コミサイト…それが彼らのリアルだ。
しかし、日本の地方に目を向けるとどうだろう。
- 公式サイトが機能不全:スマホに対応していない、情報が古いまま放置、オンライン予約ができない…。そもそも「探せない」状態。
- SNSを使いこなせていない:アカウントを作っただけで更新が止まっている。担当者が2年で異動になり、ノウハウが蓄積されない。
- Googleマップや口コミサイトへの無頓着:口コミの重要性を理解せず、評価が低いまま、あるいは古い情報のまま放置されている。
「来る前に魅力を訴求しないといけない」のに、いまだに「現地に来てからパンフレットを手に取ってもらう」という昭和の思考から抜け出せていない。これでは、旅行者の選択肢にすら上がらない。素晴らしい観光資源があるのに、その存在を知られていない。まさに宝の持ち腐れであり、深刻な機会損失だ。
病巣②:価値を安売りする「マネタイズ」の欠如
次に、本書が鋭くメスを入れるのが、「稼ぐ」ことへの意識の低さだ。日本の観光資源は、その価値に見合った価格がつけられていないケースが驚くほど多い。
衝撃的な例として挙げられているのが、世界遺産・熊野古道のガイド料だ。体力、知力、コミュニケーション能力が求められる7時間のガイド。その対価は、なんとガイド1人につき最大20名までで「1万5000円」。1人あたりの価格ではない。これでは、担い手が増えるはずがない。
- 文化財の安すぎる拝観料:京都・清水寺が500円、広島・嚴島神社が300円。海外の著名な施設と比較すると、その差は歴然だ。維持管理費すら賄えないという悲痛な声も聞こえてくる。
- 赤字が当たり前の祭りや花火大会:地域の宝であるはずの祭りが、資金難や担い手不足で次々と消滅している。マネタイズの視点が欠如し、伝統の灯火が消えようとしているのだ。
- 購買意欲をそそらないお土産:センスの問われるお土産で、残念なデザインやサイズ感のものが溢れている。「小分けにする」「デザイン性を高める」といった少しの工夫で売上が変わるという、マーケティングの基本すら見過ごされている。
「儲けてはならない」というストイックな固定観念なのか、あるいは自分たちの持つ資源の本当の価値に気づいていないのか。いずれにせよ、この「稼げない」体質こそが、業界全体を疲弊させ、持続可能性を奪っている元凶なのだ。
病巣③:すべてが足りない「担い手不足」という末期症状
そして、最も深刻なのが、あらゆる現場で叫ばれる「担い手不足」だ。
- 低すぎる給与水準:旅行業界は「稼げない」という構造的な問題を抱え、人が集まらない。円安で外国人労働者も離れていく。
- ランドオペレーター機能の欠如:旅行者の依頼を受け、現地のホテルや交通、アクティビティを手配する重要な機能が地方に欠けている。海外から需要があっても、受け皿がないため「売ることができない」。
- 脆弱すぎる二次交通:地方に行くとタクシーがいない、バスがない。「移動手段がないのが怖くて地方に行くのをためらう」という声は、笑い話では済まされない。
部屋は空いているのに、人手不足で客を泊められないホテル。素晴らしいコンテンツがあっても、案内する人がいない。これでは、せっかくのチャンスをみすみす逃しているだけだ。この人的リソースの欠如が、あらゆる場面でブレーキとなっている。
希望は現場にある!明日から使える「7つの処方箋」
しかし、本書は絶望だけで終わらない。むしろ、ここからが真骨頂だ。著者が全国の現場で実践し、確かな結果を出してきた「観光ソリューションの処方箋」が、惜しげもなく開示される。そのどれもが、大掛かりな予算やリソースを必要とせず、視点を変えるだけで実践できるものばかりだ。
処方箋①:伝える力の向上
まずは「知ってもらう」ことから。素敵な観光資源も、伝わらなければ存在しないのと同じだ。メディアが飛びつく「ファクトブック」の制作や、SNS、Googleマップの戦略的な活用法など、具体的なノウハウが満載だ。
処方箋②:マネタイズを恐れない
「ハンカチ&コースター問題」からの脱却。伝統工芸体験を、単なる思い出作りから「アート作品」へと昇華させ、価格を7倍にした事例は圧巻だ。お寺の日常である座禅や掃除ですら、体験プログラムとして販売できる。足元にある「当たり前」にこそ、価値が眠っていることに気づかされる。
処方箋③:遊休時間の有効利用
観光客が「夜やることがない」という不満。それは裏を返せば、巨大なビジネスチャンスだ。ホテルのマイクロバスで行く星空ツアーや雲海ツアー、ライトアップされた夜の果樹園など、これまでお金が落ちなかった「アイドルタイム」を収益に変えるアイデアは、すぐにでも真似できるものばかりだ。
処方箋④:空き家・空き地を活用せよ
全国で問題となっている空き家。しかし、それすらも観光資源になり得る。富士吉田市で、空き家が続く街並みを逆手にとって開催された「ゴーストナイト」の事例は、マイナスをプラスに転換する逆転の発想の賜物だ。
処方箋⑤:祭りを継続させるために
青森ねぶた祭りで生まれた「100万円の特等席」。批判を恐れず、価値を正しく価格に反映させることで、祭りの担い手に利益を還元し、黒字化を達成した。あるいは、おわら風の盆で生まれた「推し活うちわ」。ファンの熱量をビジネスに変える視点は、あらゆる地域で応用可能だろう。
処方箋⑥:デザインの重要性
お土産は「選ばれる」意識が不可欠だ。パッケージデザイン一つで売れ行きは劇的に変わる。また、大がかりなリノベーションができなくても、プロの力を借りて小物を配置するだけで、山小屋の雰囲気を一変させ、収益率を向上させた事例は、多くの施設にとって希望の光となるはずだ。
処方箋⑦:体験価値の追求
高付加価値とは、単なる値上げではない。「本物」を体験できる仕組み作りこそが重要だ。茶農家自らが専門知識を伝授する「お茶コンシェルジュ」の育成、閉館後の城を貸し切りにする「殿様体験」。これらは、その土地でしか味わえない、揺るぎない体験価値を提供している。
地域の未来を、誰に託すのか?
本書を読み終えたとき、日本の観光が持つ底知れぬポテンシャルと、それを阻む根深い課題、そして確かな希望が、胸の中に渦巻いているはずだ。
著者は最後に問う。これからの「観光立国」を、真に担っていくのは誰なのか、と。
それは、補助金目当てでやってくる外部のコンサルタントや、箱を作って終わりのデベロッパーではない。本書が光を当てるのは、一次産業や地場産業の担い手たちだ。農業や漁業、町工場といった、その土地に根を張り、日々営みを続けてきた人々。彼らが「観光」という視点を持つとき、そこに本物のイノベーションが生まれる。
そして何より、著者が熱い期待を寄せるのが、親の代から事業を受け継ぎ、強い危機感と地元愛を持って試行錯誤を続ける「三代目、四代目」たちだ。彼らこそが、しがらみを打ち破り、地域の未来を切り拓く原動力となり得る。
『観光”未”立国~ニッポンの現状~』は、単なるビジネス書ではない。これは、日本の地方創生に関わるすべての人々への檄文であり、未来への投資を促す羅針盤だ。
観光業に携わる方はもちろん、自分の生まれ故郷に漠然とした危機感を抱いている人、地域のために何かしたいと考えている人、すべての「当事者」に読んでほしい。ページをめくるたびに、耳の痛い現実に打ちのめされ、しかし同時に、具体的なアイデアと行動への勇気が湧き上がってくるはずだ。
この一冊が、日本の未来を変える狼煙になる。そう確信させてくれる、圧倒的な熱量と説得力に満ちた本である。
本書で紹介されている数々の成功事例や、より詳細なノウハウに興味を持たれた方は、ぜひ手にとってみてください。
以下のリンクからご購入いただけます。



コメント