月曜の朝、満員電車に揺られながら「仕事に行きたくない…」とこぼしたくなる。夜、一人になった部屋で「なんで自分はこんなにダメなんだろう」と自分を責めてしまう。そんな、灰色の日々に、そっと光を灯してくれるような一冊の本がある。
それは、小手先のテクニックを教えるビジネス書ではない。難解な言葉が並ぶ自己啓発書でもない。小倉広著の「もし、アドラーが上司だったら」は、ひとりの青年が、謎の上司との出会いを通じて、仕事や人生との向き合い方を学び、少しずつ、しかし確実に変わっていく物語だ。もし、日々の仕事や人間関係に疲れ、心がすり減っていると感じるなら、この物語は、まるで自分のために書かれたかのように胸に響くかもしれない。
目次
スーツに革靴で皇居を走る、謎の男「ドラさん」との出会い
物語の主人公は、もうすぐ30歳になるサラリーマン「りょう」。彼もまた、多くの人がそうであるように、今の自分に満足できず、「もっとイケてる大人になりたい」と願いながらも、なかなか変われない自分に焦りを感じている。そんな彼のささやかなプライドは、毎朝の皇居ランニング。ニューヨークのビジネスエリートにでもなったような気分で走るその時間は、彼にとって数少ない自己肯定の瞬間だった。
そんなある朝、彼の前に奇妙な男が現れる。スーツに革靴という、ランニングには到底ふさわしくない格好で、ドカドカと皇居を走る男。身長は150cmに満たないほどで、太っていて三頭身。その姿は、まるでアニメのキャラクターのようだ。興味本位で追い抜いた瞬間、目が合ってしまう。昭和初期のような丸眼鏡、ポマードで撫でつけられた七三分け。汗だくだが、なぜか余裕の笑みを浮かべて「ハイ!」と挨拶してくる。
この男こそが、物語のキーパーソン、「ドラさん」だ。
出会って数分で「君と僕は友達だね!」と宣言し、りょうの通うランニングステーションに「僕も即、入会するよ!」とついてくる強引さ。その破天荒な行動力に、りょうは戸惑うばかり。
しかし、この奇妙な出会いは、ほんの序章に過ぎなかった。会社に遅刻ギリギリで駆け込むと、自分のチームの課長席に、見慣れない……いや、さっき会ったばかりの顔があるではないか。
「やあ、我が友、リョウくんじゃないか!」
そう、この謎の男「ドラさん」が、りょうの新しい上司として赴任してきたのだ。この日から、りょうのサラリーマン人生は、誰も予測できない方向へと大きく舵を切ることになる。
「できていない5%」と「できている95%」―心のブレーキを外す魔法の言葉
ドラさんの指導は、これまでの常識を覆すものばかりだった。物語は、アドラー心理学の教えをベースに進んでいくが、決して堅苦しい理論の押し付けではない。ドラさんの奇妙で愛すべきキャラクターを通して、その教えは、スッと心に入り込んでくる。
例えば、こんな場面がある。ジョギングをサボってしまい、「なんて自分は意志が弱いんだ」と落ち込むりょう。多くの人が同じように自分を責めてしまう瞬間だろう。そんな彼に、ドラさんはニヤニヤしながらこう語りかける。
「人の行動の95%はできている行動だ。しかし、僕たちはたった5%のできていない行動ばかりに注目して、できている95%を無視してしまうんだ。エネルギーが湧くわけがない。やる気が起きなくて当然だ。」
衝撃的ではないだろうか。私たちは、たった数パーセントの失敗や欠点に囚われ、残りの大多数を占める「当たり前にできていること」を無視して生きている。朝、時間通りに会社に行く。歯を磨く。「おはよう」と挨拶をする。そんな当たり前のこと一つひとつも、すべて「できていること」。ドラさんは、そこに注目しろ、と説く。
「週に2日しか走れなかった」のではなく、「週に2日も走った」。この視点の転換が、どれほど心を軽くするか。物語を読み進めるうちに、読者自身も、自分を縛り付けていた「こうあるべき」という呪いから解放されていく感覚を味わうだろう。それはまるで、ブレーキを思いっきり踏みながらアクセルを吹かしていた状態から、そっとブレーキから足を離すような感覚だ。
「失敗」ではなく「経験」―円錐は見る角度で形を変える
この物語の魅力は、単なるポジティブシンキングを勧めるだけではないところにある。誰にだって、目を背けたくなるような大きな失敗はある。そんな時、どう心を立て直せばいいのか。
りょうは、クライアントを怒らせ、大きな契約をキャンセルされてしまうという絶体絶命のミスを犯す。会社に大きな損害を与え、先輩たちが築き上げてきた信頼を失墜させてしまった。もう終わりだと絶望する彼に、ドラさんは意外な言葉をかける。
「僕はね、これは君にとっての素晴らしい経験だと思うんだよ。よかったじゃないか、これで君はミスの重大さに気づき、相手の気持ちがよくわかった。それもこれもこの経験のおげじゃないか」
「失敗」を「経験」と捉え直す。そんなことは綺麗事だ、と反発するりょうに、ドラさんは「円錐」の例え話をする。
「円錐は真横から見たらどんな形だね?」「三角です」「じゃあ、そこの方から見たら?」「えっと、円です」 「じゃあどっちが本当でどっちが偽物なの?」「さあ、両方本当だよね」
失敗も本当だけど、経験も本当だ。そして、そのどちらに注目するかは、自分で決めることができる。
この「リフレーミング」という考え方は、私たちの日常を劇的に変える力を持っている。満員電車でイライラする時間も、「考え事ができる最高の時間」と捉えることができる。意見が対立する相手も、「自分とは違う視点を教えてくれる貴重な存在」と見ることができる。もちろん、ネガティブな感情を無理に押し殺す必要はない。ドラさんは「不快だな、と正直に感じることは大切。でも、そこに注目し続ける必要はない」とも教えてくれる。この絶妙なバランス感覚が、この物語の教えを、地に足のついた実践的なものにしているのだ。
「機能価値」と「存在価値」―ボロボロの夜、心に染みた赤提灯の教え
物語には、思わず涙腺が緩むような感動的なシーンも多い。特に、営業成績で同期に大きく差をつけられ、自分の価値を見失いそうになるりょうを、ドラさんがガード下の赤提灯に連れ出す場面は圧巻だ。
「自分は劣っている」「人間として負けている」と嘆くりょうに、ドラさんは自身のダメダメだった営業マン時代の過去を打ち明ける。そして、当時の社長にかけられた忘れられない言葉を語るのだ。
「お前は絶対に会社を辞めるな。お前は要領は悪いけど、人として優しい奴だ。それだけで十分だってね」
そして、ドラさんはりょうにこう伝える。
「君はね、機能価値と存在価値をごちゃ混ぜにしてしまっているんだ。…君はDoingが上手でなくて機能価値をうまく発揮できていないだけだ。でもね、君の大切な大切なBeing、つまりは存在価値までも否定してしまっている。…営業成績が悪い人は人間としてダメな存在、劣った存在だと。それは大きな間違いだ。君は君でいい。君は今のままですばらしい。売れようが売れまいが、欠点があろうが関係ないんだよ」
私たちは、仕事の成果や年収、役職といった「機能価値」で自分や他人を判断してしまいがちだ。しかし、人間の価値はそれだけでは決まらない。ただ、そこにいるだけで価値がある。それが「存在価値」だ。この考え方に触れた時、どれだけの人が救われるだろうか。どんなに仕事で失敗しても、誰かと比べて落ち込んでも、揺らぐことのない自分の価値を信じられるようになる。この確信こそが、困難を乗り越えるための本当の「勇気」になるのだ。
これは、あなたの物語かもしれない
この本は、アドラー心理学の入門書として非常に優れている。しかし、それ以上に、ひとりの人間が悩み、傷つき、それでも前を向こうともがく、普遍的な成長物語として読むことができる。
- 自分に自信が持てず、つい他人と比べて落ち込んでしまう人
- 「頑張らなくちゃ」と自分を追い込み、心身ともに疲れ果てている人
- 職場の人間関係に悩み、どう振る舞えばいいか分からなくなっている人
- 部下や後輩の育成に悩み、「任せる」ことの難しさを感じているリーダー
- そして、毎日をただやり過ごすのではなく、もっと自分らしく、生き生きと過ごしたいと願うすべての人
この物語は、そんなあなたのための「処方箋」になるかもしれない。読み終える頃には、主人公りょうの成長を我がことのように喜び、彼の隣で支え続けたドラさんという最高の「支援者」が、自分の心の中にも住み着いていることに気づくだろう。
人生は複雑ではない。私たちが人生を複雑にしているだけだ。 この物語は、絡み合った思考の糸を解きほぐし、シンプルで温かい真実を教えてくれる。明日から、ほんの少しだけ世界が違って見える。そんな魔法のような読書体験が、ここにはある。
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