「昔からこうだから」「常識的に考えて」――。
日々の仕事や生活の中で、どれだけ多くの「当たり前」に囲まれて生きているだろうか。朝決まった時間に出社すること、目的の曖昧な会議に参加すること、上司の言うことにはとりあえず従っておくこと。
心のどこかで「これって本当に意味があるのか?」という小さな疑問の芽生えを感じながらも、波風を立てることを恐れて、その芽を自ら摘み取ってはいないだろうか。もし、少しでも心当たりがあるのなら、それは危険なサインかもしれない。思考が停止し、変化の激しい時代に取り残されていく、静かなる警鐘だ。
そんな、見えない鎖に縛られたような息苦しさを感じているすべての人に、一筋の光を投げかける一冊がある。元日本マイクロソフト業務執行役員であり、数々のプレゼンで聴衆を魅了してきた澤円氏の著書、『「疑う」からはじめる。 これからの時代を生き抜く思考・行動の源泉』だ。
この本は、単なるビジネスハックや小手先のテクニックを教えるものではない。凝り固まった常識や思い込みという名の「呪縛」から自らを解き放ち、自分の頭で考え、行動するための「思考のOS」そのものをアップデートするための、強力な武器となる一冊だ。
目次
なぜ、今「疑う」力が必要なのか
「何々だから無理と思った瞬間、そこがゴールになってしまいます」
本書で繰り返し語られるこの言葉は、多くの人の胸に突き刺さるのではないだろうか。田舎だからチャンスがない、英語が話せないからやりたい仕事ができない、定時で帰ったら評価が下がるに違いない…。
僕たちは無意識のうちに、自分で作り出した物差しで自分の可能性に蓋をしてしまう。そして、その「思い込み」こそが、成長を妨げ、挑戦する意欲を削ぎ、人生を停滞させる最大の原因なのだと、本書は鋭く指摘する。
特に、新型コロナウイルスの出現によって、社会の前提条件は根底から覆された。「出社」という当たり前が揺らぎ、「会社に行きさえすれば仕事がある」という幻想が崩れ去った今、これまで価値があると信じられてきたものが、実は何の価値も生まない「作業」に過ぎなかったことが白日の下に晒された。
会社という場所に依存し、与えられた作業をこなすだけでは、もはや生き残れない。これからの時代に求められるのは、「私はこれをやります」と主体的に宣言し、自ら価値を創造していく力だ。その第一歩こそが、これまで信じて疑わなかった「当たり前」を一度すべて疑ってみることなのである。
時間泥棒に、人生を奪われていないか?
本書が特に強烈なメスを入れるのが、「時間」という概念だ。
「人生には終わりがあることをもっと意識する」
この冷徹な事実から、澤氏の時間の哲学は始まる。時間は有限であり、誰にも平等に与えられた、決して増えることのない最も貴重な資源。この大前提を腹の底から理解したとき、日々の行動は劇的に変わるはずだ。
例えば、多くの日本企業で神聖視される「定時出社」。大雪で交通が麻痺しているにもかかわらず、わずか5分の遅刻を30分以上も説教する部長の話は、滑稽でさえある。5分の遅刻を取り戻すどころか、説教する部長と聞かされる部下たちの時間を合わせれば、膨大な時間が浪費されている。これはもはや「時間泥棒」であり、生産性を著しく下げる暴力的な行為に他ならない。
あるいは、報告と連絡のためだけに開かれる会議。過去から現在までの「すでに起きたこと」を共有するために、なぜ貴重な時間を使い、人を集める必要があるのか。データは見ればわかるし、連絡はチャットで済む。会議で話すべきは、「これからどうするか」という未来の話だけ。
「時間は未来のためだけに使う」というマインドセットを持つこと。この一点を意識するだけでも、無駄な会議や報告業務に費やしていた時間を取り戻し、本来やるべき「0を1にする」創造的な仕事に集中できるようになるだろう。
欧米企業では、予定より早く会議が終われば “15 minutes back to you”(15分お返ししますね)と言って解散するという。この「時間は借り物」という感覚こそ、僕たちが今すぐ取り入れるべき思考ではないだろうか。
同調圧力という名の怪物と戦うために
「高校生らしくないから」という理由で、ある高校球児のポーズが禁止されたニュースを覚えているだろうか。本書では、こうした事例を挙げながら、日本社会に深く根付く「同調圧力」の正体を暴いていく。
ルールや慣例、前例といった、過去の価値観で作られた見えない圧力。それに無自覚に従うことで、思考は停止し、イノベーションは生まれない。そして、その最大の被害者こそが、女性や若者たちなのだ。
澤氏は、こうした「意識の低いおっさんたち」が生み出す同調圧力に屈する必要はないと断言する。戦うのもよし、嫌ならその場から逃げるのもよし。大切なのは、他者から与えられた肩書や評価に自分のプライドを依存させるのではなく、自分の中に確固たる価値の立脚点を持つことだ。
そのためには、「外の物差し」を持つことが不可欠となる。会社の名刺が通用しない世界、例えば副業やボランティアといった社外の活動に身を置くことで、初めて自分自身の真価が問われる。そこでの経験こそが、揺るぎない自信とプライドを育む土壌となるのだ。
「風当たりが強くなるイコール最前線にいるということ」
この言葉は、変化を恐れずに行動しようとする者の背中を力強く押してくれる。批判や抵抗は、自分が時代を前に進めようとしている証なのだ。
「伝える」のではなく「伝わる」コミュニケーションへ
元マイクロソフトの伝説のプレゼンターとして知られる著者だけに、コミュニケーションに関する考察も本書の大きな魅力だ。
良いプレゼンとは何か。それは、流暢に話すことでも、美しいスライドを作ることでもない。「聞いた人が喜んで行動すること」こそが、プレゼンの唯一の目的だと著者は喝破する。
そのためには、自分が話したいこと(スペックやデータ)を一方的に伝えるのではなく、聞き手はどうすればハッピーになるのかを徹底的に考え抜く必要がある。プレゼンとは、聞き手への「プレゼント」なのだ。
スーパーカー「マクラーレン」の試乗レポートのエピソードは、この本質を見事に描き出している。「570馬力でトルク61キロ」といったスペックを語っても、顧客の心は動かない。むしろ競合製品との比較を促してしまうだけだ。
しかし、「いつもの道の40キロ走行が別世界に変わる」という「体験」を語ればどうだろう。誰もが経験したことのある「共通感覚」をフックに、未知の体験を提示することで、顧客は「一度乗ってみようか」と行動に移す。
人の心を動かすのは、正しい「事実」ではなく、心を揺さぶる「体験」と「共感」。これはプレゼンに限らず、あらゆるコミュニケーションにおいて、そして人生そのものにおいても通じる、普遍的な真理と言えるだろうか。
「変な人」になろう。自分だけの価値を創造するために
では、どうすれば自分だけの価値を見つけ、発信できるのか。本書が提示する答えは、驚くほどシンプルだ。
「他の人よりも”ちょっと得意”なことを3つ掛け合わせる」
絶対的な一番である必要はない。例えば、「絵が描ける」「プログラミングができる」「見た目が可愛らしい」という3つを掛け合わせた「ちょまど」さんのように、一見すると関連性のない要素を組み合わせることで、誰にも真似できないユニークな存在、「世界一のオリジナリティ」が生まれる。
自分には何もない、と嘆く必要はない。どんなネガティブな体験でさえ、それをオープンに語ることで、同じ苦しみを抱える誰かを勇気づける一時情報に変わりうる。大切なのは、自分の中にあるものを棚卸しし、それを掛け合わせ、とにかくアウトプットし続けることだ。
「アウトプットしなければ、誰もあなたに気づかない」
これは絶対的な事実だ。失敗を恐れず、世の中に自分の存在を問い続ける勇気。その先にこそ、思いがけない化学反応と、新しい自分との出会いが待っている。
思考の鎖を断ち切り、新たな一歩を踏み出す
『「疑う」からはじめる。』は、読後、目の前の景色が少し違って見えるようになる、そんな力を持った一冊だ。これまで無批判に受け入れてきた常識がいかに脆い土台の上に成り立っていたか、そして、自分の思考がいかに多くの「思い込み」に縛られていたかに気づかされ、愕然とするかもしれない。
しかし、その気づきこそが、新しい人生を始めるスタートラインだ。
本書は、決して声高に「こう生きろ」と正解を押し付けることはしない。ただ、凝り固まった思考をゆっくりとほぐし、「では、どうすればできるのだろう?」と、自らの頭で考えるきっかけを与えてくれる。
もし、あなたが今の仕事や生き方に少しでも息苦しさを感じているのなら。 もし、変化の激しい時代を生き抜くための、確かな羅針盤が欲しいと願うのなら。
思考の鎖を断ち切り、自分だけの人生をデザインするための最初の一歩を、この本と共に踏み出してみてはいかがだろうか。そこにはきっと、これまでとは違う、晴れやかな空が広がっているはずだ。
▼新しい自分に出会うための羅針盤として、ぜひ手にとってみてください。



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