【書評】なぜ、あの人の仕事は早いのか?残業スパイラルから抜け出す「逆転の発想法」

書評

「できるだけ多くの情報を集めて、完璧な分析をしてから判断しよう」

真面目な人ほど、そう考えてしまうのではないでしょうか。しかし、それが終わらない仕事と終わらない残業の元凶だとしたら…?

情報収集に時間をかけた結果、肝心の意思決定の段階で時間切れ。結局、最後は「えいや!」で決めてしまい、後から「あのデータも見ておけばよかった」と後悔する。そんな経験、一度や二度ではないはずです。

手当たり次第に情報を集め、人一倍分析作業に時間をかけているのに、なぜかいつも仕事が遅れ、本質にたどり着けない。かつて「枝葉の男」と評された一人のコンサルタントも、同じ悪循環に陥っていました。

この泥沼から彼を救い出したのが、今回紹介する一冊、内田和成氏の『仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法』です。

本書が提示する「仮説思考」は、単なる仕事術ではありません。仕事の進め方を根底から覆し、情報洪水から私たちを救い出してくれる、まさに「思考のOS」を入れ替えるような衝撃的な一冊です。

もしあなたが、

  • 情報収集ばかりで、いつも時間切れになってしまう
  • 仕事が遅い、判断ができないと悩んでいる
  • 先を見通した大胆な意思決定ができるリーダーになりたい

と感じているなら、この本はあなたのキャリアにおけるゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。


■ あなたの仕事が遅い「本当の理由」―情報収集という名の罠

多くのビジネスパーソンが、「情報は多ければ多いほど、良い意思決定ができる」と信じています。しかし、著者はこれを「錯覚だ」と一刀両断にします。

考えてみてください。将棋の世界では、あらゆる手を読み尽くそうとするコンピュータでさえ、名人の直感やひらめきには敵いません。ビジネスの世界も同じです。すべての情報を網羅的に調べてから答えを出すというアプローチでは、時間という最も貴重なリソースを使い果たしてしまいます。

情報を闇雲に集めると仕事を遅くすることはあっても正確性が増すことは少ないと気づいた、情報洪水に埋もれてしまっていたのである。

本書によれば、仕事が遅い人の最大の特徴は「とにかくたくさんの情報を集めたがること」。情報がないと不安で意思決定ができないのです。その結果、情報の海に溺れ、時間を浪費し、結局は中途半端な結論しか出せないという悪循環に陥ります。

では、仕事ができる人は何が違うのか?

彼らは、答えを出すのが早いのです。まだ情報が不十分な段階で、自分なりの「仮の答え」を持っています。これこそが、本書の核心である「仮説」です。


■ 仕事の進め方が180度変わる「仮説思考」とは?

仮説とは、情報収集の途中や分析作業以前に持つ仮の答えのことである。そして仮説思考とは情報が少ない段階から常に問題の全体像や結論を考える思考スタイルあるいは習慣とも言うべきものである。

耳慣れない言葉かもしれませんが、難しく考える必要はありません。私たちは日常生活で、無意識に仮説思考を使っています。

「雨の日はお客さんが少ないから、あのレストランは空いているはずだ」 これも立派な仮説です。そして実際に行ってみて、空いていれば仮説は正しく、混んでいれば仮説は間違っていたと検証する。この繰り返しです。

仕事における仮説思考は、この考え方をビジネスの課題解決に応用するものです。

従来の仕事の進め方(網羅思考)が、 【情報収集 → 分析 → 結論】 という「積み上げ型」なのに対し、

仮説思考は、 【仮説(仮の結論)→ 検証 → 結論の修正・進化】 という「答えから考える」アプローチを取ります。

これは、実験をする前にまず論文を書いてしまうようなものです。免疫学の世界的な権威である石坂公成氏が、恩師から「実験を始める前に論文を書け」と指導されたエピソードは、まさに仮説思考の本質を表しています。

書いてから実験をすると結論を出すために必要な対象は完璧に取れることになりますから期待通りの結果が出上がった時でもその実験は無駄にならない

先に全体のストーリー(仮説)を描いてしまうことで、何を証明すればよいかが明確になります。その結果、証明に必要な情報収集や分析だけに集中できるため、仕事のスピードと質が劇的に向上するのです。

新人時代、著者は膨大な情報収集と分析を行っても、問題の本質にたどり着く前に時間切れになることさえありました。しかし、仮説思考を身につけてからは、仕事の進め方が一変。むしろ、少ない情報で仕事を進める方が、正確性も増すという驚くべき事実に気づいたのです。


■ なぜ天才たちは「仮説」から考えるのか?

本書の面白さは、仮説思考が一部のコンサルタントだけのものではなく、あらゆる分野のトップランナーに共通する思考法であることを、具体的な事例で示している点にあります。

オフトマジックの秘密

サッカー元日本代表監督のハンス・オフト氏。彼の采配は「オフトマジック」と呼ばれました。試合前に展開や結果を予測し、それがことごとく的中したからです。

しかしオフト監督自身は、それは「予測ではなく科学だ」と言います。彼は事前に相手チームを徹底的に偵察し、「中国選手は勢いづくと止められないが、耐えていると気が緩む」という特性を見抜いていました。そこから「前半30分過ぎに逆襲し、2-0で勝つ」という仮説を立て、選手に明確な指示を与えたのです。これはまさに、限られた情報から全体のストーリーを構築する仮説思考そのものです。

天才棋士・羽生善治の「捨てる技術」

将棋の天才、羽生善治氏もまた仮説思考の達人です。将棋の一つの局面には約80通りの指し手があると言われますが、羽生氏はそのすべてを検証しません。

80のうちの77、78についてはこれまでの経験から考える必要がないと瞬時に判断しそしてこれが良さそうだと思える2、3点に候補手を絞る、これはまさに仮説思考だ。

膨大な選択肢の中から、経験と直感に基づいて可能性の高いもの(仮説)を瞬時に絞り込み、その数手に集中して思考を深める。情報が多すぎるとかえって迷いが生じることを、羽生氏は喝破しています。これは、「情報を集めるよりも捨てるのが大事」という本書の教えと見事に一致します。

これらの事例は、仮説思考が不確実な状況の中で最善の答えを最短で見つけ出すための、極めて強力な武器であることを物語っています。


■ この本が「あなたの仕事」をどう変えるのか?

では、仮説思考を身につけると、具体的にどんなメリットがあるのでしょうか。本書では、実践的な事例を通して、その効果が余すところなく語られています。

1. 情報洪水に溺れなくなる

まず最大のメリットは、情報の取捨選択がうまくなることです。仮説という「軸」ができるため、**「この仮説を検証するために、今どの情報が必要か」**という視点で情報収集ができるようになります。闇雲にネットサーフィンをしたり、分厚い資料を隅から隅まで読んだりする必要はなくなります。必要な情報だけを集め、不要な情報は捨てる。このスキルだけでも、仕事の効率は劇的に改善されるでしょう。

2. 問題解決のスピードと質が格段に上がる

本書で紹介される「化粧品メーカーの売上打開策レポート」の事例は圧巻です。十分なデータがない段階で、まず「ユーザーセグメントの変化に戦略が追随できていない」という大きな仮説を立てます。そして、その仮説を証明するためのレポート構成(ストーリーライン)を先に作ってしまうのです。

この「空パック(中身の埋まっていないパッケージ)」を作るアプローチにより、

  • 何を分析すべきかが明確になる
  • 無駄な作業がなくなる
  • 早期に軌道修正ができる

といったメリットが生まれます。もし仮説が間違っていても、検証の初期段階で「思ったような証拠が集まらない」のですぐに気づけます。網羅的に調べて終盤に間違いに気づくリスクに比べれば、はるかに効率的です。著者は「3ヶ月のプロジェクトの答えを2週間で出す」と言いますが、この方法ならそれも不可能ではないと感じさせられます。

3. 先見性と決断力が身につく

先行き不透明な時代にリーダーに求められるのは、先見性、決断力、実行力です。仮説思考は、まさにこのうちの先見性決断力を鍛えるための思考法です。

常に「これは、つまりどういうことか?(So what?)」「だから、どうする?(So how?)」と自問自答を繰り返すことで、物事の本質を見抜き、次の一手を考える習慣が身につきます。少ない情報から未来を予測し、リスクを取って決断する。この訓練を繰り返すことで、リーダーとしての資質が磨かれていくのです。


■ 実践への道筋 ― 決して平坦ではない、しかし…

もちろん、仮説思考はすぐに身につく魔法ではありません。本書も「最初は立てた仮説が的外れなものになることも多いはずだ」と認めています。

この思考法に慣れないうちは、情報が少ない段階で結論を出すことに「気持ち悪さ」を感じるかもしれません。完璧を期したい真面目な人ほど、その抵抗感は強いでしょう。

しかし、著者は断言します。

経験を積まないとあるいはコンサルタントとしての経験がないと早い段階で結論を考える力、仮説思考力がつかないと思っているうちはいつまでも進歩しない。

失敗を恐れていては、いつまでもこの思考法は身につきません。大切なのは、失敗から学ぶこと。「なぜうまくいかなかったのか」を考え、試行錯誤しながら仮説の精度を高めていく。この繰り返しこそが、成長への唯一の道です。

本書は、そのための具体的なトレーニング方法(「なぜ?」を5回繰り返す、反対側から見る、など)も豊富に提示してくれています。決して読者を突き放すのではなく、共に成長しようという著者の温かい眼差しが感じられるのも、この本が長年愛され続ける理由でしょう。

■ 結論:仕事のやり方に悩む、すべての人へ

『仮説思考』は、単なるビジネス書という枠を超え、私たちの「働き方」そのものに革命を促す一冊です。

情報が多ければ多いほど良い。 完璧に調べてからでないと動けない。

そんなこれまでの常識が、いかに自分自身を苦しめていたかに気づかされます。そして、限られた情報の中でいかに素早く、質の高い結論を導き出すかという、全く新しい仕事のOSをインストールしてくれます。

仕事のスピードが遅い。いつも時間に追われている。もっと的確な意思決定がしたい。 もしあなたがそうした悩みを抱えているなら、本書は暗闇を照らす一条の光となるはずです。ページをめくるたびに、目から鱗が落ちるような発見と、明日から仕事のやり方を変えようという強いモチベーションが湧き上がってきます。

仕事は「作業量」ではなく「質」と「スピード」で評価される時代です。情報洪水から抜け出し、思考のショートカットキーを手に入れる旅へ、あなたも一歩踏み出してみませんか?


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この記事を書いた人
専門社会調査士
ねっきー調査系おじさん

自称・ひとリサーチャー。
大学・民間団体において15年以上調査事業を担当し、はぐれ専門社会調査士として活動中。調査領域は主に防災・観光分野。興味があることは色々と調べるクセがあるおじさんです。

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