【書評】なぜ、組織は同じ失敗を繰り返すのか?―『失敗学』が解き明かす創造力の源泉

書評

「失敗は成功の母」 誰もが一度は耳にしたことがある、古くからの格言。失敗を反省し、次へと活かせば成功に繋がる。頭では分かっている。しかし、現実のビジネスシーンや日々の生活で、私たちはこの言葉をどれだけ実践できているでしょうか。

「また同じミスをしてしまった…」 「新しい企画を立てたいのに、失敗が怖くて踏み出せない…」 「会議で決まったはずの対策が、いつの間にか形骸化している…」

こんな風に、失敗の影に怯え、あるいは見て見ぬふりをし、結果として停滞の空気に沈んでいる個人や組織は少なくないはずです。特に、今の日本社会全体が「失敗を許さない」という硬直した文化に覆われているようにも感じられます。決められた正解へ、最短距離でたどり着くことばかりが重視され、失敗という「回り道」から学ぶ機会が、驚くほど失われているのかもしれません。

しかし、もしその「失敗」こそが、停滞を打破し、今までにない価値を生み出す「創造」の唯一の源泉だとしたら?

今回紹介するのは、そんな凝り固まった私たちの常識に風穴を開け、失敗との付き合い方を根底から変えてくれる一冊、畑村洋太郎氏の『失敗学のすすめ』です。本書は、単なる精神論や自己啓発本ではありません。東京大学で長年、機械設計の教鞭をとってきた著者が、数々の具体的な事例分析を通じて体系化した、まさに「失敗を科学する」学問なのです。

この記事では、『失敗学のすすめ』が、なぜ現代を生きるすべてのビジネスパーソンにとって必読の書なのか、その核心に迫っていきます。


■成功話だけでは、永遠に「模倣」から抜け出せない

新しいプロジェクトを始める時、多くの人がまず手に取るのは「成功事例集」ではないでしょうか。「こうすればうまくいく」という話は、確かに魅力的です。決められたゴールに向かう最短ルートを示してくれるようで、安心感を覚えるかもしれません。

しかし、著者である畑村氏は、これこそが創造力を削ぐ大きな罠なのだと警鐘を鳴らします。「こうすればうまくいく」という「陽の世界」の知識伝達によって生み出されるものは、結局のところ誰かの「真似(模倣)」でしかないのです。

昨日までの成功が、今日の成功を約束しない。変化の激しい現代において、模倣だけで生き残ることは困難です。そこで本当に価値を持つのが、「こうすればまずくなる」という「陰の世界」の知識伝達、すなわち「失敗話なのです。

失敗の必然性を知ることで、先人たちが犯した過ちを繰り返す時間と手間を省き、一歩先の地点から創造をスタートさせることができる。これは、目から鱗が落ちるような指摘ではないでしょうか。本書は、成功事例をなぞるだけの思考停止状態から私たちを解放し、失敗という名の、誰もが見過ごしてきた「宝の山」のありかを示してくれます。


■失敗が歴史を動かした!3つの大事故が教える「未知への挑戦」

『失敗学のすすめ』の大きな魅力の一つは、その圧倒的にリアルで具体的な事例の数々です。特に、著者が「社会を発展させた3大事故」として挙げるエピソードは、失敗の持つ破壊的な力と、それ以上に大きな創造的な力の両面を、まざまざと見せつけてくれます。

  1. タコマナローズ橋の崩壊(1940年)
    完成からわずか4ヶ月後、当時最先端の吊り橋が、たった秒速19mの風によって崩れ落ちた衝撃的な事故。この失敗は、当時は未知の現象だった「自励振動(じれいしんどう)のメカニズムを人類に教えました。この教訓があったからこそ、今日の明石海峡大橋のような、秒速80mの強風にも耐える長大橋の建設が可能になったのです。失敗を直視し、未知なるものに挑んだからこその飛躍でした。
  2. デハビランド・コメット機の空中分解(1954年)
    世界初のジェット旅客機として華々しくデビューしたコメット機が、相次いで空中分解事故を起こしました。原因は、これもまた未知の領域であった「金属疲労」。この悲劇的な事故の徹底究明が、その後の航空機設計における安全基準を確立し、私たちが今、当たり前のように享受している空の安全の礎を築いたのです。
  3. リバティ船の脆性破壊(第2次大戦中)
    戦時中に大量生産された輸送船が、寒冷な北洋で次々と船体を真っ二つに折って沈没しました。原因は、低温になると金属がもろくなる「低温脆性(ていおんぜいせい)という性質。この痛ましい失敗体験を通じて、人類は鋼材、特に溶接技術を飛躍的に進歩させました。技術を封印するのではなく、失敗の中に発展の種を見出したからこその偉大な一歩でした。

これらの物語は、決して他人事ではありません。一つの失敗が、いかに大きな価値を生み出すか。そして、その価値は、失敗を隠蔽したり、見て見ぬふりをしたりする姿勢からは決して生まれないという、極めて重要な真実を教えてくれます。本書を読むと、日々のニュースで報じられる事故やトラブルの見方が、間違いなく変わってくるはずです。


■あなたの組織は大丈夫?「局所最適・全体最悪」の罠

『失敗学のすすめ』は、個人の失敗にとどまらず、その分析のメスを鋭く「組織」へと入れていきます。ここが、本書が単なる教養書ではなく、すべてのビジネスパーソン、特にリーダーにとっての必読書たる所以です。

最近、なぜこれほどまでに企業の不祥事や重大事故が相次ぐのでしょうか。著者はその根底に、日本の多くの組織が抱える構造的な病があると指摘します。

その一つが「樹木構造の弊害」です。効率化を求めるあまり、組織は部署ごとに細分化され、役割が限定されていきます。営業は製造を知らず、製造は営業を知らない。こうした「縦割り」の構造は、隣の部署で起きた失敗さえも共有されず、組織全体で同じようなミスを繰り返すという悪循環を生み出します。さらに深刻なのは、各部署が自分の領域だけを最適化しようとした結果、組織全体としては致命的な欠陥を生んでしまう「局所最適・全体最悪」という事態です。

その典型例として本書が挙げるのが、JCOの臨界事故です。ウラン燃料の加工において、効率化を求めて導入された「バケツを使った手作業」。その作業だけを見れば、確かに効率的(局所最適)だったのかもしれません。しかし、システム全体から見れば、臨界事故を引き起こしかねない、恐ろしく危険な方法(全体最悪)でした。なぜ、こんなことが起きてしまったのか。

著者は、技術が成熟期を迎え、システム全体を理解している「真のベテラン」が現場から去り、部分的な知識しか持たない「偽ベテラン」が物事を判断するようになった組織の構造的欠陥を指摘します。これは、JCOだけの特殊な話ではありません。あなたのいる組織にも、心当たりはないでしょうか。

「まさか、こんなことが起こるとは思わなかった」

事故や不祥事が起きたとき、経営トップが口にする決まり文句です。しかし著者は、これを「嘘だ」と断じます。技術が成熟し、コストダウンや大増産が求められている状況があれば、そこに失敗の確率が高まっていることは、本来、容易に予測できるはずなのです。

本書は、失敗の責任を一個人に押し付けて終わらせるのではなく、その背後にある組織の階層性、力学、そして文化にまで目を向けさせます。この視点を持つことで、私たちは自らが属する組織をより深く、そして批判的に見つめ直すことができるようになるでしょう。


■「失敗」と上手に付き合うことで、未来は拓ける

では、私たちは失敗とどう向き合えばいいのでしょうか。『失敗学のすすめ』は、絶望的な現実を突きつけるだけではありません。失敗を価値に変え、未来を拓くための具体的な処方箋を、いくつも提示してくれます。

  • 「良い失敗」と「悪い失敗」を見極める
    未知への挑戦から生まれる「良い失敗」は、むしろ歓迎すべきもの。一方で、不注意や手順の不遵守、組織運営の不良から生まれる「悪い失敗」は、断固としてなくすべきもの。この切り分けが、失敗から学ぶ第一歩です。
  • 失敗を「知識化」する
    失敗を単なる「出来事」で終わらせず、「事象」「経過」「原因」「対処」「総括」そして「知識化」という6項目で記述し、分析する。このプロセスを通じて、他者にも伝達可能な「使える知識」へと昇華させる方法論は、すぐにでも実践できる強力なツールです。
  • 「仮想演習」を繰り返す
    自分が考えた企画や設計を、あらゆる角度から批判的に検討し、想定される失敗を潰していく。他人の失敗事例をもとに、「もし自分だったら」とシミュレーションする。この地道な「仮想演習」こそが、創造物を研ぎ澄まし、真の強さを持たせるのです。

本書が示すのは、失敗を恐れて行動しないことこそが、最大のリスクであるという真理です。行動し、たとえ小さな失敗をしても、そこから体感・実感を持って学ぶ。その経験こそが、どんな知識よりも血肉となり、応用力の源泉となるのです。

読み終えた時、あなたはきっと、目の前の失敗に対する見方が180度変わっているはずです。失敗はもはや、避けるべき障害ではなく、次の一歩を踏み出すための最も信頼できる道しるべに見えていることでしょう。

停滞した現状を打破したい。 形骸化した組織を変革したい。 そして、マニュアルのない時代を生き抜くための、真の「創造力」を身につけたい。

そう願うすべての人にとって、畑村洋太郎氏の『失敗学のすすめ』は、暗闇を照らす灯台のように、進むべき道を力強く示してくれる一冊となるに違いありません。


以下のリンクから、ぜひ本書を手に取ってみてください。

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この記事を書いた人
専門社会調査士
ねっきー調査系おじさん

自称・ひとリサーチャー。
大学・民間団体において15年以上調査事業を担当し、はぐれ専門社会調査士として活動中。調査領域は主に防災・観光分野。興味があることは色々と調べるクセがあるおじさんです。

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